戦場の鳩たち@

  皆さん、ご存知のとおり、現在、レース鳩と呼ばれている鳩たちは、かっては軍用伝書鳩でした。
 私の飼育系統である勢山系も、旧陸軍がフランスから輸入した鳩の直仔が基礎鳩となっています。
 以下の資料は、かって、中国大陸に戦争で行かれていた、ご近所に住むお年寄りが下さったものです。その方の部隊にも鳩の通信隊があったそうです。
 鳩の通信隊の話は、飼育の入門書などでその一部が記載されていますが、これだけ詳細な写真はあまりありません。
 先人たちの苦労や、戦場で散っていった鳩たちに思いを馳せるのは私だけではないでしょう



(別冊1億人の昭和史 日本の戦史別巻@ 毎日新聞社 1979年発行より転載)
鳩と暮らした三カ月 (神戸市 T.T)

 台湾の歩兵連隊に応召し、三力月の初年兵教育を修了した私は昭和十九年七月、東海岸にある花連港に新設の部隊に転属し、通信兵の特業教育を受けていた際、軍鳩班が編成されその要員となった。
 軍隊では一に通信、二にラツパ、三に炊事のつまみ食い-という楽な仕事の言い伝えがあったが、その通信のうちそのまた楽な鳩兵になり、毎日点呼がすむと鳩舎へいって班長や上等兵と鳩のお相手をした。八月上旬、軍鳩教育のため台北の教育隊に分遣を命ぜられ、出張した。
 教育の内容は鳩通信の全般を速成で受講し一教育隊の下士官候補者が猛訓練をしているのをよそに軍鳩教範の勉強、鳩の購入等きわめてのんびりと教育を受けていた。
 通信兵の綱領は「必通の信念」であり、特に近代戦の壮絶さは、有線も無線もほとんど役に 立たないとされ、軍鳩と軍用犬が重視され始め、かくは私たちの教育となった次第である。

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